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大阪高等裁判所 平成2年(く)201号 決定

少年 M・K(昭48.5.2生)

主文

原決定を取り消す。

本件を神戸家庭裁判所尼崎支部に差し戻す。

理由

本件抗告申立の趣意は、少年作成の抗告申立書記載のとおりであるが、所論は、要するに、少年にはこれまで保護処分に付された前歴がなく、十分反省していること等の斟酌すべき事情を考慮すると少年を中等少年院に送致した原決定の処分は重きに過ぎ著しく不当である、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、本件非行は、シンナーに耽溺していた少年が、その仲間3人と共謀のうえ塗料会社の倉庫に侵入し、シンナー1缶(時価5700円相当)を窃取したという事案であるが、原決定も指摘するように、右窃盗の手口は見張り役と侵入者を分担して実行するという計画的なものであり、シンナーを吸入したいためという右非行の動機にも斟酌すべき余地はないこと、また少年らが中学校時代からのシンナー仲間でこれまでにもシンナー吸入とそのためのシンナー窃盗行為を繰り返していた形跡があり再非行のおそれがないとはいえないこと、さらに少年が中学生のころ、実母が家出し、現在は実父とその内妻との3人暮しで、家庭環境も万全とはいえないことの各事実を考慮すると、少年の要保護性は軽視できないと考えられる。

しかしながら他方、鑑別結果通知書及び少年調査票によれば、本件非行自体はいわゆる遊び型非行に属し、特に重大ないし性格の強い偏奇を窺わせるものではないこと、また少年の性格傾向は、自主性に乏しく付和雷同的な傾向が強いが、周囲の指導には比較的素直であると認められることの各事実が明らかであり、従って少年の健全な育成のための処分を考慮するにあたっては、少年がシンナー嗜癖と不良交友を断絶できるか否か及び勤労意欲の有無についての検討が最も重要であると考えられるところ、少年は実父母の不和が原因して中学生のころから不良行為ないし不良交友が認められるようになり、これまでに単車盗等の事犯により3回にわたり家庭裁判所に係属し不処分等の保護的措置を受けた非行歴があるもののいまだ保護処分に付されたことはなく、本件により逮捕され、さらに観護措置に付されて強い衝撃を受け、十分反省していると考えられる点、平成元年3月に中学校を卒業した後は自動車整備工として勤務し、シンナー吸入の事実はあったものの平成2年9月ころまでは比較的真面目に勤めていたところ、勤務先の社長から会社敷地内での普通乗用自動車の運転練習を許され、そのため自動車に対する関心が増し遂には顧客の車両を持ち出して路上練習に及んで発覚し(窃盗保護事件として立件されたが、原決定後別件保護中との理由により審判不開始決定がなされた。)、そのため同月末ころ右勤務先を退職し、同年10月22日に父の勤務する土建会社に勤めるようになるまでのわずかな無職状態の間に本件非行に及んだものであり、勤労意欲が欠けているとまではいえない点、父親は今後も同じ会社に勤務させて監督したいとの強い意欲を有しており、右会社も了承している点、シンナー嗜癖についても、少年の供述によればその吸入回数は多いものの半年位やめていたこともあったとのことであり、社会内におけるその断絶が不可能と考えられるほどの強い依存性があるとは認められない点の諸点を総合すると、少年が社会内での保護処分により立ち直る可能性も十分あるというべきである。

これに対して原決定は、少年のシンナー嗜癖の強さ及び父の監護能力の低さを特に強調して、施設内処遇が最適であると判示するが、右認定は、一方で少年の供述によりシンナー吸入回数の多さを認定しながら、他方で前記の如くやめていた期間もかなりあったとの供述部分を無視している点、また父親が手元において監督したいとして少年を同じ勤務先に就職させた熱意や、少年が右指導に従う蓋然性が高い事実を軽視していると考えられる点に徴すると、いささか首肯し難いといわなければならない。

以上の検討結果、すなわち本件非行の性質、少年の行状と性格傾向、非行歴、少年の反省の状況、父親の監督態勢等の諸事実によれば、仮に本件非行前の前記自動車窃盗の事実を併せ考慮したとしても、少年を在宅処遇に適さないと断じて直ちに少年院に送致した原決定の処分は重きに過ぎ、著しい不当があると認められる。

よって、少年法33条2項、少年審判規則50条により原決定を取り消したうえ、本件を神戸家庭裁判所尼崎支部に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 村上保之助 裁判官 安原浩 片岡博)

抗告申立書

平成2年2376号建造物侵入・窃盗保護事件について平成2年11月16日中等少年院送致の決定の言渡しを受けましたが左記の理由によって抗告を申し立てます。

平成2年11月26日

大阪高等裁判所御中

抗告の趣旨

ぼくは、先日11月16日、神戸家庭裁判所尼崎支部で、中等少年院送致と言われたのですが、この決定は、ぼくにとってあまりにもきびしい処分だと思います。その理由は、ぼくは1度だけスクーター(原動機付自転車)の窃盗で家庭裁判所の呼び出しを受け、審判を受けたことがありますが、その時は不処分でした。保護観察の決定や少年鑑別所へ入れられたこともありません。それで、今回、中等少年院送致として決定があった、この処分はぼくにとって、きびしすぎると考え、不服です。今度、鑑別所を出てからの仕事も決まっていましたし、お父さんや親せきの人達も、ぼくの帰りを楽しみにまっていてくれたと思います。鑑別所で、よく反省した今ならば、シンナーや悪友との関係も断ち切れると考えました。その上、親や周囲の人々に、大変、迷惑をかけてきたので恩返しもしなければいけなかったです。 もう、親を心配させるようなことはしたくないので、もう1度、ぼくに機会をあたえて頂きたいので、抗告を申し立てます。

〔参考1〕原審(神戸家尼崎支 平2(少)2376号 平2.11.16決定)〈省略〉

〔参考2〕司法警察員作成の平成2年10月26日付少年事件送致書記載の犯罪事実

被疑者は、他3名と共謀のうえ、平成2年10月2日午後11時30分ごろ、兵庫県西宮市○○町×番××号○○屋ペイント株式会社倉庫内に侵入し同社(代表取締役社長○○)所有のAC透明シーラー1缶(時価5、700円相当)を窃取したものである。

〔参考3〕受差戻審(神戸家尼崎支 平2(少)2905号 平3.3.8決定)〈省略〉

〔参考4〕少年調査票〈省略〉

〔参考5〕鑑別結果通知書〈省略〉

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